2025年05月02日 (金)
又三郎の熟成メソッド
熟成は一般的に・ウエットエイジング・ドライエイジング・枯らし熟成の3種類に分けられます。
いずれも時間の経過と共に牛肉の持つ旨味、香り、食感が新しいステージへと移ってゆきます。
・ウエットエイジングとは
牛肉を真空パックした状態(空気に触れさせない)で、冷蔵庫で保存すること。
屠畜直後の死後硬直が解けてゆっくりと筋繊維が解け
タンパク質も肉の持つ酵素で分解されアミノ酸に変化し歩留まりも良い。
但し、旨味、香り、食感の変化は乏しい。
また、真空パックでの長期保存をするとパックから出した後(空気に触れてから)の劣化が著しい。
・ドライエイジング
ドライエイジングビーフ、ドライエイジングステーキと呼ばれる牛肉は米国NYを中心に
一部の裕福な人々に食されている贅沢品であり、
ドライエイジングに使われる牛も「プライム」と呼ばれる米国内では最上級の肉質を使っています。
ただ、その牛自体は日本の和牛とは肉質自体全く異なり骨が太く水分を多く含んでいます。
乾燥させることで水分を減らし、酵素と微生物で熟成を促します。
米国では強い風を当てて熟成させるのは牛肉表面の自由水を飛ばして腐敗を防ぐためと
庫内の微生物を風で循環させて肉の表面に付着し易くすると言われています。
和牛に比べると筋繊維が太く赤身で大味な感じですが、それは和牛に親しんでいる日本人の私の感覚で
米国人にとってはさっぱりとしてナッティな香りが美味しいステーキなのかもしれません。
20数年前にNYのギャラガーズで食べたリブアイステーキは程よい旨味とナッティな香りで
美味しくサクサクと食べ進みました。
日本では米国の牛に近い味わいとして(実際は味わいが近いからよりも肉用牛として価格の安い肉に付加価値を付けようとした意図から)肉用ホルスタイン(去勢したホルスタイン)のドライエイジングが10年ほど前にブームがありました。
・枯らし熟成は枝肉のまま1か月程ほど1~3℃の室温の中で吊るして熟成を促す方法です。
敢えて強い風はあてません。
肉を静かに休ませてあげるだけです。
勿論、空気中の黴や酵母など微生物が肉の表面に付着して肉の持つ酵素とともに熟成を
促進します。
「生きたまま枯れる」と言われる、水分が少なく霜降りのDNAを持ち28か月から約30数か月の長期肥育期間を持つ和牛には強い風を当てて水分を飛ばす必要は無く、
そっと寝かせることで和牛自体が持つ風味を(濃厚なうま味と甘い熟成香)損なうことなく
より高めて行きます。
和牛に一番向いている熟成方法と思います。
又三郎では肉全体に均等に熟成効果を得る為に1つのパーツを10㎏~20㎏に分割して
「枯らし熟成」して行きます。
2)熟成させる肉のサイズについて
A)卸業では大きな枝庫(枝肉用冷蔵庫)での熟成を行います。
メリットとしては歩留まりが良い。
デメリットとしては肉の表面に微生物が付着するが脱骨していない状態なので
肉の部位全体に万遍無く熟成の効果を得られない。
B)又三郎のような自店の専用の冷蔵庫での熟成
枝肉を脱骨して
・モモは4つのパーツ(内もも、外もも、らむいち、まる)に分割
1つのパーツが焼く10㎏前後で熟成期間は1か月
・ロースはリブロースとサーロインに分割
1つのパーツが20㎏前後で熟成期間は2か月
・腕はトウガシ、クリ・コサンカクのパーツに分割
トウガラシは1本2~3㎏で熟成期間は1か月
・テンダーロイン(フィレ/シャトーブリアン)は1本4㎏前後、熟成期間は2週間
脱骨してパーツごとに熟成させるメリットは枝肉の状態よりも肉の表面積が大きく、
微生物が広く付着するため短期間に肉全体均等に熟成効果が得られます。
デメリットは歩留まりが落ちます。
C)自宅の冷蔵庫での熟成
500g~1㎏を目安に
肉が小さくなればなるほど歩留まりは悪くなります。
では何故、自宅の冷蔵庫で熟成させるのか?
それは糠床(冷蔵庫)を育てる喜びと同じと考えております。
美味しいぬか漬けを生み出す糠床は手間が掛かるけれど生活を豊かにしてくれる。
そのような目的と考えてみて下さい。
3)
実際の熟成環境を作るための流れ
又三郎の熟成体験料理教室にご参加頂く皆様へ
まず初めに
又三郎では国産の和牛(黒毛和種・高知系褐毛和種・短角和種・黒短)と年に数回ブラウンスイス種を熟成させております。
特に生産者の方を限定しています。そうすることで牛の血統、飼料、充分に生育させてから(すなわち生きたまま枯れると表現される長期肥育)の出荷の価値観が守られより熟成に耐えうる、また熟成で更なる旨味が開花する枝肉を安定的に入手することが出来ます。
枝肉から脱骨した肉をアイスパック詰めにして運び、出来るだけ早く熟成庫にいれるようにしています。
美味しい熟成肉の肝はポテンシャルのある牛肉選びと鮮度です。
真空パックした牛肉をパックから出して熟成させてもドリップに触れていた部分から饐(す)えたような腐敗臭が発生します。真空する際の吸引による肉へのダメージで旨味の開花は小さくなります。
牛肉の仕入れはお取引先の業者様とご相談頂いて出来るだけ真空パックしてないもの、それが無理でしたら出来るだけ真空パックして日にちの経ってないものを入手してください。
冷凍肉は選択肢に入りません。
牛肉の仕入れにつきましても又三郎にご相談いただきましたら出来る範囲ですが喜んで協力させて頂きます。
ご用意いただくもの
出来れば小さくても良いので熟成専用の冷蔵庫を確保して頂く方が良い環境が作れます。
リーチインなどでも問題ありません。
温度が2℃ぐらいに設定できるものであれば、たとえ一時的に4℃、5℃になっても構いません。
その冷蔵庫をしょっちゅう開け閉めしないことが大切です。
冷蔵庫を開けなければ70~80%の湿度は確保出来ます。
専用冷蔵庫が望ましいのはそれ自体が糠床のようなもので庫内の微生物を肉の熟成に適した環境へ整えて行き、その環境が出来上がると安定した熟成が行えます
又三郎の熟成庫も「大阪食品衛生協会食品検査センター」に依頼して3年続けて庫内の黴と酵母それぞれの
分離同定検査をして頂きました。
初年度 酵母 Candida kurusei/inconspicua
黴 Penicillium属 いわゆるアオカビで酵母同様、常温で私たちの身の回りに常在しています。
二年目 酵母 Candida zeylanoides Candidaの中でもzeylanoidesはチルドビーフ、サラミ、ソーセージなど
に分布している。
黴 Penicillium属 アオカビ
三年目 酵母 Candida zeylanoidesと同定 この酵母は食肉からよく分離される酵母である。
黴 Thamnidium(タムニディウム)属とMucor(ムーコル)属の一種と同定。
タムニディウム属は俗名エダケカビとも呼ばれタンパク質分解性のあることが知られている。
畜肉の香気と柔らかさを増すのに利用され、食肉、冷凍食品から検出される。
ムーコル属は俗名ケカビとも呼ばれ、好湿性、低温性で発酵食品に利用される株もある。
酵母や黴の同定検査からも時間の経過と共に庫内の環境が整ってきているのが分かります。
熟成させる肉のドリップを拭き取り、それでも始めはドリップが出てくるので
ミートラッパー、ミートペーパー、キッチンペーパーなどのいずれかで巻いて冷蔵庫に入れてください。
事前に肉を置く位置にザルや網などを置いて、肉の下面にも空気の通り道を作ってください。
2~3日するとドリップが落ち着きますので、包んでいたペーパーなどを新しく取り替える、あるいは
包まずに裸のままで置いておくだけです。
一週間おきに少し切り取って味見をしてみて下さい。
低温で好湿気性の冷蔵庫の中に続けて肉を入れていくことで、食肉を熟成させる酵母や黴を優勢にし、
そうなると肉に悪影響を与える菌は数の上で劣勢となり活動が休眠して行きます。
そして常時冷蔵庫の中には、肉を入れて置くことが大切です。
できない場合は、冷蔵庫の中に肉を少し残しておく、またはトリミングした部分を入れて置くなどするとよいと思います。
肉は出来るだけ素手で触らないようにしてください。
熟成肉の味が安定してきましたら一度、庫内の菌の同定検査をしてみるのも良いと思います。
4)
ケカビが生育すると熟成に適した環境が整ってきたと思います。
ただ、ケカビ、エダケカビ等が生育する水分活性0.8以上がサルモネラや腸炎ビブリオなどの菌も生育環境にありますので熟成肉の扱い、食べ方は常に細心の注意が必要です。
以下はネットからのAIによる記事です。
・酵素による基質の分解
ケカビはプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)、アミラーゼ(デンプン分解酵素)、リパーゼ(脂質分解酵素)などの様々な酵素を産生します。これらの酵素は食品中のタンパク質、デンプン質、脂質をより小さな分子(アミノ酸、糖、脂肪酸など)に分解します。
この分解過程で生成される物質が風味に大きく寄与します。
例えば、プロテアーゼによるタンパク質分解はアミノ酸やペプチドを生み出し、これらが旨味やコクといった風味に繋がります。また、リパーゼによる脂質分解は脂肪酸やグリセロールを生成し独特の香りや風味を生み出す可能性があります。アミラーゼによるデンプン分解は糖を生成し甘味を増す効果があります。
又三郎店主 荒井世津子